明石工作 - 稲葉千晴

稲葉千晴 明石工作

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稲葉千晴著 (丸善ライブラリー, 158) 丸善, 1995. 6 明石の活動についての詳細は、稲葉千晴『明石工作』(1995 年)、稲葉千晴「資料研究 落下流水」『早稲田研 究と実践』No. 読書 無料の電子書籍 明石工作―謀略の日露戦争 (丸善ライブラリー). Amazonで稲葉 千晴の明石工作―謀略の日露戦争 (丸善ライブラリー)。アマゾンならポイント還元本が多数。稲葉 千晴作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 明石工作 : 謀略の日露戦争 明石工作 - 稲葉千晴 フォーマット: 図書 責任表示: 稲葉千晴著 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 丸善, 1995. 無料ダウンロード可能 電子ブック 明石工作―謀略の日露戦争 (丸善ライブラリー). 1939年9月1日 ドイツがポーランド侵攻。同17日、ソ連がポーランド侵攻し、ポーランドは東西に分割される。 当時のポーランドは現在のポーランドの国境とも異なるので非常にややこしいのだが、当時の北部は「東プロイセン」つまりドイツの飛び地もあった。リトアニアに陸路で面しているのは、ソ連に併合された東ポーランドである。そのため、リトアニアに逃げられたのは、基本的に東ポーランドからだったという。 稲葉氏の講演会での発表では、(おそらくストレルツォーバス氏の研究と思われる)リトアニアへの難民の数は2~3万人だった。リトアニア政府が難民救済のために名簿を作っていたようで、内訳は、カトリック信者のポーランド人60%、ユダヤ教ポーランド人40%、ユダヤ教徒(人)難民の86%が東ポーランドからの難民で、その多くがユダヤ教の神学校(イエシヴァ)の学生、教師と教師の家族(男性8割、女性1割、子ども1割)といった細かい数字もわかっているそうだ。 アンネ・フランク(ドイツで生まれたユダヤ人)のようにナチスに迫害されたユダヤ人というと、金融業など裕福な家族のイメージが強い。だが、ドイツ・ソ連のポーランド侵攻では、とくにソ連が占領した東ポーランドの生業のある一般的なユダヤ人の多くは残った可能性が高いようだ。ただ、ソ連は、カトリック修道院を含めて宗教施設を閉鎖したため、信仰することが「職」のユダヤ教の神学校の教師や学生は逃げるしかなかったが、この時点では食いぶちのある土地を離れるポーランド国籍のユダヤ人は意外と少なかったのだろう。現在でも、シリア難民は内戦が長引くにつれて増えていくことからも、そうした心理はわかる。なお、難民となったポーランド人の6割は、ポーランド軍人や西部の土地をドイツに奪われた農民という。(ユダヤ人も国籍はポーランドやドイツなどなので、厳密にはリトアニアへの難民はみなポーランド人になる).

明石工作 謀略の日露戦争 (丸善ライブラリー)/稲葉 千晴(新書・選書・ブックレット:丸善ライブラリー) - ロシアとの激戦が続く中、参謀本部は明石大佐の謀略工作に大きな期待をかけた。. 明石工作 謀略の日露戦争 稲葉千晴著 丸善ライブラリー 日露戦争の陰の英雄である明石元二郎を扱った本。 どんなことが描かれてるのか楽しみだったんだけど、いくつかの描写が気になった。. 稲葉千晴さんの『明石工作』(丸善ライブラリー、千九百九十五年)はそれを資料にしているんですが、そもそもろロシアの原資料が、明石工作はたいして意味がなかったというふうに情報操作する目的をもっていますから、それを批判的な視点なしで紹介. 稲葉, 千晴, 1957- 国立国会図書館のサービス Online Services at the NDL 以下のリンクボタンから国立国会図書館サーチで検索ができます。. See full list on rekisitravel. 明石工作 : 謀略の日露戦争 資料種別: 図書 責任表示: 稲葉千晴著 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 丸善, 1995.

5 請求記号: gb611-e125 書誌id:. 明石工作 - 謀略の日露戦争 - 稲葉千晴 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!みんなのレビュー・感想も満載。. 講演会で資料配布された別の新聞(中日新聞年10月5日)に、イスラエルのハイファ大学東アジア研究所教授のロテム・コーネル教授の「千畝が救った神学生たち」の寄稿があった。 コーネル氏は、「杉原が救ったユダヤ人の半数以上は、ポーランド東部(現在のベラルーシ)に点在する神学校の学生や教師だった。(略)東部はソ連占領下となり信仰の自由が奪われた。カトリック修道院やユダヤ教神学校が次々と閉鎖に追い込まれた。多数の神学者が集う小都市ミールの神学校は決断を迫られた。自由な独立国リトアニアに脱出したのだ。39年晩秋、ミール神学校の全員がリトアニアの当時の首都カウナス近郊に難民として逃れてきた。」 「ところがリトアニアも彼らの安住の地ではなかった。40年7月半ばに同国はソ連に併合され、再度信仰を禁止されたのだ。しかしドイツ支配下の西欧への脱出は無理だった。聖地エルサレムに南下するルートは安全が保証されなかった。唯一可能性があるのは日本に東行して第三国に逃げるルートだった。そして神学生4人がカウナスの日本領事館を訪れた。」 「(その一人の)彼の回想録によれば、ビザ発給を決断した杉原は当初、難民の所持する安全通行証(パスポート代替書類)に自筆で日本への入国許可を記していた。だから発給業務は遅々として進まなかった。見かねた神学生はビザのスタンプを作って発給を手伝い、神学校の関係者全員分のビザを入手した」()は筆者注 千畝のビザの主体は、ソ連になれば粛正される可能性が極めて高いユダヤ神学者や神学生だったのだ。例え、ナチスのホロコーストが理由でなくても、差し迫った命の危機に対して、超法規的な英断をしたのは紛れもない事実である。 稲葉氏の講演によると、リトアニアではソ連によるユダヤ人の虐殺はなかった。しかし、1941年6月末に、ドイツが突然ソ連に侵攻(バルバロッサ作戦)し、リトアニアも占領。1942年初めのバンゼー会議で、ナチスドイツはユダヤ人の大量虐殺を決める。そのため、リトアニアに残ったユダヤ難民の98%がナチスに殺されたという。 結果的に、杉原千畝発給のビザを使ったユダヤ人はナチスのホロコーストから逃れることにはなった。ただ、ホロコーストから逃す「ために」発給したというのは歴史的な事実から間違っている。明白な事実を年表として並べることでも明らかなことが、数年前までリトアニア人に.

例えば、稲葉千晴が明石が拠点とした北欧の研究者と共同して行った明石の工作の検証作業では、レーニンと会談した事実や、レーニンが上記のような発言を行った事実は確認されず、現地でも日本のような説は流布していないことが示された上、ロシア. 明石工作―謀略の日露戦争 (丸善ライブラリー) 稲葉 千晴 | 1995/6/1. 日露戦争の勃発に伴い、明石元二郎大佐は欧州での対ロシア諜報・謀略工作の任に就く。明石は、反ロシアという共通の目的を抱く亡命フィンランド人シリアクスと共に、ロシア内部の攪乱に全力を尽くす。この過程を克明に追ったのが本書である。丹念な資料調査を基に再構成された事実は. 稲葉 千晴, ピーア. 稲葉千晴著『明石工作―謀略の日露戦争』丸善ライブラリー 1995年(平成7年) isbnx; 篠原昌人著『陸軍大将福島安正と情報戦略』芙蓉書房 年(平成14年) 個人を軸としながら日露戦争期を含む明治・大正期の日本の軍事諜報活動を俯瞰している。. Инаба, Чихару. 『明石工作: 謀略の日露戦争』 稲葉千晴 丸善ライブラリー 1995年05月01日x 単著 246ページ 『ロシア外交史料館日本関日本連文書目録』II稲葉千晴 ナウカ 1996年03月単著 540.

明石工作 : 謀略の日露戦争 Format: Book Responsibility: 稲葉千晴 著 Published: 丸善, 199505 Description: 245p ; 18cm Authors: 稲葉千晴 著 Series: 丸善ライブラリ- 158 ; Catalog. 5 形態: vii,245p ; 18cm 著者名: 稲葉, 千晴 シリーズ名: 丸善ライブラリー ; 158 書誌ID: BNISBN:X. 明石工作―謀略の日露戦争 (丸善ライブラリー) 電子ブナ することができます ダウンロードした 無料で. Bib: LBISBN:X. 稲葉 千晴『明石工作―謀略の日露戦争』のネタバレありの感想・レビュー一覧です。. 5 形態: vii, 245p ; 18cm 著者名: 稲葉, 千晴 シリーズ名: 丸善ライブラリー ; 158 書誌ID: BNISBN:X. 明石工作 : 謀略の日露戦争 フォーマット: 図書 責任表示: 稲葉千晴 著 出版情報: 丸善, 199505 形態: 245p ; 18cm 著者名: 稲葉千晴 著 シリーズ名: 丸善ライブラリ- 158 ; 書誌ID: LBISBN:X.

論文 2 日露戦争期のヨーロッパにおける日本の対ロシア工作--「明石工作」関係史料の検討によせて / 稲葉千晴 / p14~31 (0010. 稲葉 千晴『明石工作―謀略の日露戦争』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。読書メーターに投稿された約4件 の感想・レビューで本の評判を確認、読書記録を管理することもできます。. 著書に『明石工作:謀略の日露戦争』(丸善ライブラリー、1995年)、『バルチック艦隊ヲ捕捉セヨ:海軍情報部の日露戦争』(成文社、年)、編著に『ロシア外交史料館日本関連文書目録』Ⅰ、Ⅱ(ナウカ、1996-97年)、Rethinking the Russo-Japanese War, 1904-5, Vol.

jp2) 研究ノート 1 ルンド大司教座の成立 / 牧野正憲 / p32~39 (0019. 7(1986 年)59-121 頁および『早稲田研究と実践』No. 話しを戻そう。 講演会では、命のビザが、杉原千畝ひとりの奮闘によるものではないことが明かされたことも、興味深かった。 発給したビザの数は2000通を超えるという。ほぼ全員がビザを使ったとすれば、二千数百人の命が救われたわけだが、ユダヤ人たちの目的地は、一般的に「アメリカ」と思われている。彼らは全員、シベリア鉄道でシベリア大陸を横断し、極東の港ウラジオストクから日本海を渡り、敦賀(福井県)の港で、日本に到着した。その後は、神戸や横浜などの国内にとどまった人もいたが、かなりの数がサンフランシスコやバンクーバーへ渡ったとされている。 ところが、ビザが押された安全通行証には、行き先が明記されている。行き先は「キャラソー」とある。キャラソー島というのは、カリブ海に浮かぶ島で、当時はオランダ領だった。 千畝のビザはあくまで日本は通過地。最終目的地が(日本以外に)保証されていないとビザは出せないという建前だった。そのため、安全通行証には、千畝の日本通過ビザとともに、キャラソービザと呼ばれるオランダの駐カウナス領事が押したビザも押されている。千畝のビザが「超法規的」だったのと同様に、超法規的だった。稲葉氏によれば、「キャラソービザは実はビザではない。オランダ領のキャラソーに上陸する時にはビザは不要ですという内容で、一見するとビザにみえるとけどビザそのものではない」のだそうだ。このときにはオランダはドイツに占領されていた(1940年5月)。 オランダ領事は本来ならば「本国」となったドイツの許可を得る必要があっただろうが、ユダヤ排外を進めるドイツはこれを認めなかっただろう。領事はスタンドプレーで「ビザのようにみえるけど、実はビザではないなにか」を千畝の日本通過ビザを有効にするために「つくった」のだ。 当時は、各国の領事に緊急時に自分で判断する裁量権が認められていた。杉原も、オランダの外交官も、自分たちができるギリギリの合法的措置を模索したのだ。 杉原千畝という一人の英雄だけでなく、杉原ほど名の知られていないもう一人の英雄とのタッグプレーだったのだ。もちろん、ほかに多くの人たちが協力・尽力した結果であろう。一人の英雄的な行動が歴史を動かす、もしくは歴史にあらがうのではなく、ヒューマニズムあふれる複数の人たちがネットワークをつくることで、はじめて、人間の悪意と戦えることの証明でもある。. とともに、1896 年『日本研究と素描』を出版するなど、日本通でもあった(稲葉千晴『明 石工作-謀略の日露戦争-』丸善ライブラリー、1995 年)。 他方、ロシア側には、フィンランド独立後に大統領、元帥となったカール・グスタフ・マ. 『明石工作』稲葉千晴・丸善ライブラリー・1995 『レーニン伝』ジェラール・ヴァルテル・角川文庫・1967 『宮崎兄弟伝 アジア篇 上』上村希美雄・葦書房・1987 『日ソ諜報戦の軌跡:明石工作とゾルゲ工作』黒羽茂・日本出版放送企画・1987. 明石工作 謀略の日露戦争 稲葉千晴 商品説明 明石工作 謀略の日露戦争 稲葉千晴 新書: 245ページ 出版社: 丸善 定価: 680円 発売日:1995/05/25 状態: 細かな傷、汚れ等がありますが、読むには問題ございません。. 〒東京都文京区湯島4-8-1 ルミエール湯島101 (無店舗営業・ご来店には対応いたしかねます) TEL:. 稲葉千晴著 -- 丸善, 1995, vii,245p.

明石工作 : 謀略の日露戦争. 稲葉, 千晴(イナバ, チハル) Inaba, Chiharu. 現代人に「ファシスト」と「共産主義」のどっちがいいかと聞けば、たいていは後者をあげるだろう。だが、第二次世界大戦中は必ずしもそうとはいえなかった。 欧米の歴史研究家や軍事研究者らが第二次大戦の「もしも」を想像ではなく、史実からの可能性として論じたハロルド・C・ドィッチュ、デニス・E・ショウォルター編、守屋純訳『ヒトラーが勝利する世界ー歴史家たちが検証する第二次大戦・60の”if”』(学研、2006)の中に、 ドイツ軍事史研究の専門家でアメリカ合衆国陸軍大学教授(アメリカの州兵の大佐)サミュエル・J・ニューランドが、「ヒトラーが真剣にソビエト人民を味方につけようと努力していたら」の項目を書いている。 「連合軍がヒトラーの「ヨーロッパ要塞」を侵攻した時、実に多数の非ドイツ人がドイツ国防軍で忠実に勤務し、また国防軍と共に戦っている光景を目にして、連合軍将兵は一様に驚きの声をあげた。ノルマンディー上陸作戦では、ドイツ軍の軍服を着たコサックとトルキスタン兵が連合軍を迎え撃った。(略)ドイツ国防軍に勤務することになったソ連人民の大半は、四つの動機を持っている。その第一は、共産党体制への強い憎悪である。ドイツ軍はソ連の占領地域で虐殺を行ったが、その期間はせいぜい二、三年にすぎない。そのため、ドイツ本来の占領政策に反して、虐殺の数も場所も自ずと限られたものになった。しかしドイツ軍がやってくる以前に、ソ連の人民はすでに二〇年以上にわたって自国政府による蛮行を耐え忍んできた。レーニンとボルシェヴィキの権力奪取後数年のうちに、反革命分子は処刑されるか、ソ連の文化とは切り離せない要素である強制収容所送りになった。これにより、革命の期間中に多数の人命が失われると共に、ソ連人民に、体制に反対の意を表明することを困難にさせた。だが生き延びた者やその家族は、マルクス・レーニン主義、それにスターリン主義のいずれにも強烈な憎悪を抱くようになった。そして一九四一年から翌年にかけて、ドイツ軍によってソ連勢力がヨーロッパ・ロシアから駆逐されると、即座にこの憎悪が噴出した。(略)」 「これらの人民の多くがドイツ軍を自分たちの解放者として歓迎し、進んで連隊、ことによると師団さえ提供しようとしたとしても、何ら驚くにあたらない。(略)」 「ドイツ軍がカフカスに侵攻した時、ここでも自治区設立の計画が持ち上がった. 8(1987 年)86-102 頁、小森徳治『明石. アカシ コウサク : ボウリャク ノ ニチロ センソウ. 明石工作 : 謀略の日露戦争 <丸善ライブラリー 158> 著者 稲葉千晴 著 出版社 丸善. 明石工作―謀略の日露戦争(丸善ライブラリー) 新書の通販ならヨドバシカメラの公式サイト「ヨドバシ. 書誌情報 責任表示: 稲葉千晴 著 出版者: 丸善 出版年月日: 1995.

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